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posted by おばあちゃん
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母と大の仲良しだった友人が亡くなったそう

私は数回しか会ったことがなかったけど

折々に色々と気にかけてくれる人だった

つい1週間前にお見舞いに行った母に話をきくと

最期まで苦しい闘病生活だった様子

せめて最期の瞬間は安らかであったと願いたい

治って元気な姿でお会いしたかった

本当に無念です

つきっきりでお母様の介護をされた娘さん

お疲れ様でした

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posted by おばあちゃん
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祝日バンザイ
娘が歩けるようになって

まだすんごいヨチヨチで頼りない歩みなんだけど

一緒に手をつないで道を歩くことの

この上ない幸せ

昼間お出かけの時は一人で歩きたいらしく

何度も私の手を振り解こうとしてたけど

日が落ちてからはびびってか(笑)

私の手をギュッと握って歩いていました

キュンキュキューン♡




…新しいベビーカーが欲しいんだけど

現状めったに使わないのに

買って使うんだろうか

こうして歩けるようになると余計どうなのと

悩む~

明日仕事なのに

ベビーカー調べてたらこんな時間に

寝よう
posted by おばあちゃん
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おかあさんごっこの言葉
以前母に聞いた話で、

私が子どもの頃、おままごとする時、

そのおままごとの間だけ標準語で喋ってた(一緒にやってる友達全員)らしい。

で、終わると一瞬で関西弁に戻るんだとか。

面白かったので覚えてたんだけど、ふと思い出して検索してみたら

数年前のケンミンショーでやってたネタみたい。

「大阪の子どもはおままごとの時だけ方言になる」っていうタイトルで。

(話変わるけどあの番組は関西っていったらほとんど大阪としてしか

取り扱ってくれないので兵庫県民は悲しいという話を神奈川の友達にしたら、

「それは関東だって東京ばっかりとりあげられて、神奈川なんてないに等しいから

同じだよ」と言われた。まぁ…そういうもんか。。)

で、話戻って、そのおままごとのことをネットで検索すると

どうやら他の地方でもその現象があるみたい。

少なくとも、九州の人と四国の人は、ウチもそうですという書き込み。

おおーなんでなんだろ??

やっぱ演技をしてるっていう意識があるのかな。

面白い~次旦那の実家(新潟県)に行ったらお義母さんに

お義姉さんの子ども時代のままごと話を聞いてみよう!
posted by おばあちゃん
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thema:日々のつれづれ - genre:日記


そういえば
今日は妖怪の夢を見たけど

なぜかめちゃ楽しかった。

危険な妖怪がいて、それを皆で倒しに行こう

って内容だったんだけど

今考えたら仲間の方も妖怪だった(笑)
posted by おばあちゃん
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thema:▼どうでもいい話 - genre:日記


地震のこと
今年はいやに阪神淡路大震災を振り返る番組をよく見るなぁと思ったら

15年という節目の年だからかな?

節目節目で強く思い返すことは大事なことだなと思いました。

もう最近はあまり思い出さなくなってたんだけど、

こんなに色んな番組を見たら、それはもう思い出しました。

というか、思い出そうと思えば、いつだって思い出せるんだけど。


小刻みな揺れと本棚から本がバサバサ落ちる音で目が覚めて、

何が起こっているのか理解できぬうちに

ゴゴゴゴゴゴゴゴと大きな地鳴りが急激な勢いで近づいてきて

それが地鳴りか何なのかすらわからなかったけど

とにかく「何か来る!!!」という恐怖で急いで布団を頭からかぶった瞬間、

地面の下から大きく突き上げられました。

その後はひたすら激しい揺れが続き、

それと同時に横にあったタンス2棹が自分の上に倒れてきて、

身動きひとつ取れない状況になりました。

助けを求めても外に聞こえてる様子もなく、

自分もあまりに苦しくてすぐにやめてしまいました。

一緒に寝ていた母と姉は私が死んだと思ったらしいし、

今にして思い返すと、本当に生きてたのが奇跡だって思います。

明るくなってから分かったことは、タンスの1棹はイスの上に斜めに乗っていて、

もう1棹は先に倒れたカバン掛けに刺さって倒れていたので、

衝撃と重さがかなり軽減されたんだってことです。

あの時の恐怖と衝撃は、いくら時が経っても

自分の中で風化はしないと思うし、できないと思う。

でも実際家族を、親しい人を亡くした人、家を失くした人

生死を彷徨った人、傷を負った人、壮絶な現場に居合わせた人に比べれば

なんてことない出来事で、幸せで、語ることもおこがましいのですが。

神戸新聞の7日間を見て、本当に辛い思いをした人が沢山いたんだって再認識しました。

きっとこの1月17日が来るたびにやりきれない気持ちになる人もいるんだろうな。

なんか久しぶりに、あー私がんばらなきゃだめだって思いました。

あの災害が今後の教訓になればいいと思うし、自分もしてかないと、と改めて思いました。

そんな1月17日でした。
posted by おばあちゃん
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